ペラペラの自尊感情

言葉のリハビリ帳

誕生日を祝う/祝われるということ

あまり人に共感されないんだけれど、私は「誕生日を覚えていて、その日に祝ってくれる」ということを友達かそうでないかを見極める基準にしている。

 

もちろん、人の誕生日なんて覚えないし覚えられないという人の方が多いと思う。また性によって物事を分ける考えは好きではないけど、男女によって誕生日に対する考えは違うかもしれない。(女子のコミュニティでは、誰かの誕生日を祝うことが一種の儀式みたいになっている)

 

ただこの世に代替可能な一人の人間が出現しただけ、そんなどうでもいい日をいちいち覚えていろなんて、傲慢かもしれない。けれど、人にとってどうでもいい日だからこそ、大切な人には覚えてて欲しいのだ。祝われたいんじゃない、大切な人の日々の中で、なんとなく自分の居場所が欲しいだけなのかもしれない。一年に一度、相手と自分の距離を確かめる。相手の日々の中に自分がいるのかいないのかを知るのだ。

 

歳をとるごとに、誕生日を祝ってくれる人は少なくなった。これからも減り続けるんだと思う。けれど、来年も自分が手放しがたい人たちから祝いの言葉が聞きたくて私はそわそわしているんだろうなぁ。