ペラペラの自尊感情

言葉のリハビリ帳

村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだ

村上春樹を読むのは初めてである。というのも私の両親がアンチ村上春樹で、家に一冊も本がないからである。まぁ食わず嫌いもよくないだろうということで、何気なく大学図書館で「ノルウェイの森」を手に取った。 

 

感想としては、思ったより楽しめた。に尽きる。文学を鑑賞する能力がないためら、感想にとどまるけれど、いくつか思ったことをポエミーに書いてみたい。(ネタバレを含みます)

 

  • 恋愛小説ではなかった
  • 才能のこと
  • 直子と緑
  • レイコさんについて

 

まず、「恋愛小説ではなかった」ことについて。

 

私はてっきりこの小説はセックスやら恋やらをいかにも難しく哲学的に書いてるものだと思い込んでた。もちろん恋愛の要素も多分にあるのだけれど、恋愛よりもいたるところに「死」の匂いが漂っていてそっちに心が占有される。(実際に多くの登場人物が死ぬんだけれど)。そのおかげで性的なシーンでもどこか幻想的な雰囲気があるというか、ぼんやりと「死」の薄暗さみたいなものを感じてぞわりとした。直子はワタナベと一度だけ性行してしまったことで、近い未来自殺することが決まったのかもしれない。性行は、生と死を分ける、交わらせる装置なのだろうか。

 

性的描写が多く、ポルノ小説だ!みたいな評もあるらしい。まぁ確かに多いことは多い。(私はさほど気にならなかったが) しかし、少女とレイコさんの性的接触、ラストシーンのワタナベとレイコさんの性行にはひえっ……となってしまった。その抵抗感は私の年齢からくるのかもしれないが。

 

続いて才能のこと。

 

レイコさんがワタナベに対して過去の話をするシーンのことである。

素晴らしい才能に恵まれながら、それを体系化するための努力ができないで、才能を細かくまきちらして終ってしまう人たちがね。

なんだかこの文を読んでうんうんと頷いてしまった。「努力できることも才能だ!」なんて凡庸なことをこんな風に表現できるのはいいな、と思った。まきちらす才能すらない私はただふーんそんなものなのか、と思うことしかできないのだけれど。

 

直子と緑

 

ワタナベが緑を愛していることに気づき、レイコさんに手紙を送るシーンもまた印象的だった。対象によって「愛すること」の定義は変わってくるのかな。愛し方は違うのかな。だとしたら、人が複数人を好きになった時に1人に絞ろうとするのは無理があるかもしれない。浮気者の都合のいい言い訳かもしらないけどね。

 

最後に、レイコさんについて

 

本を読み終わった後、色々自分で整理してからいろんなサイトを回って人がどんなことを考えているか見るのが好きなんだけれど、レイコさんについて面白い見方があった。それは「レイコさんが虚言癖がある」ということである。

 

確かに、レイコさんの経験した過去というのは、真実かどうかは確かめようがない。嘘をついていない証拠がない。私にはそのような考えが全く浮かばなかったから非常にびっくりした。もしその説が正しいとしたら、これはなんて恐ろしい小説なんだろう、と。レイコさんの話していた少女は実はレイコさん自身のことであり、彼女は直子を追い詰め、殺した(あるいは自殺させるよう仕向けた)…… 恋愛どころかものすごいホラー小説になる。嫌だなぁ、面白いけれど。

 

思ったより好き勝手書くことができた。ここに書いたのは1人のポンコツ大学生の戯言なので、誤りは多々あるだろうがお許しいただきたい。私は今21歳なのだが、この歳で読むことができてよかったと思う。高校生ではさらに意味がわからなかっただろうし、卒業してからは遅かった。あと10年ぐらい経ったからもう一度読んでみようかな。